ニートのようなもの

ほぼニート、ほぼ無職、ときどきアフィリエイター

いままでのスタイルをぶち壊す勇気

最近はいつもの3倍の時間をかけてタッチタイピングに挑戦中。

 さらにはウォーキングデッドにはまってしまったせいで思うように作業できていないというのが現状だ。

 これでは本当にニートになってしまう。

 

とそんなことはどうでもよくて、今回はタッチタイピングを始めた経緯について。

ちなみにタッチタイピングとはブラインドタッチとも言われ、キーボードを見ずに入力するあれだ。

今更必要あるのかという疑問もあると思う。

結論から言うとある。

いままでのスタイルをぶち壊してもだ。

 

・これまでのスタイル

今までどうやって入力してきたかというと、人差し指を多用したハーフブラインド。

もちろんそんな名前の入力方式はなくオリジナルだ。

それでもこれまでたくさん文字を書いてきたこともあり、キーの位置くらいは把握している。

ただ指のポジションがめちゃくちゃなこともあり、どうしても確認程度は下を見る必要がでてくるのだ。

 

・いまのままでも十分早い

手前味噌で恐縮だがそのいわゆるハーフブラインド方式でもめちゃくちゃ早い。

そこらへんのサラリーマンやOLには絶対に負けないだろう。

それは書くことが私の仕事の大部分を占めているのだから。

早くて当然。

それでも私はタッチタイピングを習得する必要がある。

 

タッチタイピングが必要なわけ

理由は単純だ。

タッチタイピングを習得したほうが確実に早くなるから。

今は3倍の時間がかかってしまっているが、それも慣れるまでの話。

習得さえしてしまえばタッチタイピングに要した時間も軽々と回収できてしまうだろう。

と口では簡単に言うものの、これがかなり難しい。

技術的ではなく精神的に。

実際に今までのやり方を切り崩して、習得できる人はほとんどいないだろう。

なぜか。

 

・今までのスタイルを破壊する難しさ

第一に、非常にストレスがたまる。

これまでのスピードでできないということは思い通りにいかないということ。

思い通りにいかないでストレスを溜めるなという方がむずかしいだろう。

第二に、言い訳してしまうということ。

これまでも十分早いのだから、直す必要はないと自分に言い聞かせる。

改善したほうが確実にいいと分かっていてもだ。

会社にいても分かったが、新しいシステムややり方はとことん嫌われる。

結局、みんな「いつも通り」が好きなのだろう。

 

・今までのスタイルを壊す重要性

スラムダンクの豊玉高校を知っているだろうか。

豊玉高校は得意のランアンドガンスタイルで全国ベスト8の壁を打ち破れない学校としてもファンの間でも有名だ。

このように一つのスタイルでは確実に限界が見えてくる。

そこで重要なのがやはりスタイルの破壊。

やり方を変えなければ限界を超えるのは難しいだろう。

もっというと、壁にぶち当たってからスタイルを変えるのでは遅いくらいだ。

トップを目指すには日々新しいやり方を模索しないとならない。

あくまでも想像だか一流アスリートは日々新しいスタイルを取り入れているように思える。

決して今のスタイルに満足することはないだろう。

 

・どこまで目指したいのか

スタイルを壊せるかどうかは結局、どこまで目指したいのかによるだろう。

ベスト16で我慢するのか、優勝を目指すのか。

ちなみに私は、できることなら業界のトップに君臨してみたい。

そう思って、今までのやり方に固辞することなくタッチタイピングを含め、様々なスタイルを取り入れている。

ただしこれが難しいのは必ずしも自分のやり方にマッチするとは限らないということ。

見方によってはブレているし、結果改悪になってしまう怖れもある。

それでもより高みを目指すなら、今のいい状態をぶち壊してでも、新しいスタイルをガンガン取り入れていかないといけないだろう。

なにごとも取捨選択が必要だ。

そのためにもまずチャレンジしてみる必要があるだろう。

 

時間があればという人は一生時間のないまま

最近は検索エンジン向けに記事を書くのが飽きてきた。

ということで思いつくままブログを立ち上げてみるものの…

どうも気が乗らない。

「時間があれば上手くいくのに」と思っていた忙しきフリーター時代はどこに行ってしまったのやら。

 

「時間があれば…」

と言っているうちはやはり成功しない。

時間がないのは言い訳に過ぎないのだから。

時間があれば成功すると思っていた私こそがなにより証拠。

理想とは程遠いくらいにサボってしまっている。

 

「成功するためには」

成功ってなによ。

ってことであれば私にとってそれはお金を稼ぐこと。

じゃあお金を稼ぐにはどうすればいいか。

それは多大なる時間をかけるしかない。

世の中には1万時間の法則という言葉もあるとおりやはり時間をかけずに何かを成し遂げるのは不可能だ。

その人が成功しなかったのは単に時間をかけられなかっただけ。

時間さえかけられれば大抵のことはうまくいくだろう。

 

「時間をかけるのは難しい」

でもこの時間をかけるというのが簡単なように思えて実に難しい。

まず第一に好きなことじゃないと時間をかけられない。

第二に飽きる。

第三に今の生活で精一杯。

生活を変えたいと思っている人は大体3でつまずく。

生活を変えたいのにもかかわらず現状維持という保険をかける。

ハッキリ言ってそんなんで生活を変えるのは不可能だ。

古代エジプトではより大きなピラミッドを建てるためには一度土台を壊す必要があったそうな。

それと一緒で今よりいい状況を望むなら確実に土台の破壊が必要だ。

現状維持なんか保険に過ぎない。

保険というのはいつも高くつく。

 

「時間の作り方」

土台破壊する上で睡眠時間を削る人がいるが個人的にはおすすめできない。

もちろんショートスリーパーなら話は別だが、体調を崩してしまっては元も子もないのだから。

ではどうやって時間を作るのかというと、なにかを諦めるしかない。

私の場合は楽しい楽しい飲み会も控えたし、楽しい楽しいゲームだって辞めた。もちろんポケモンGOなんて一切やっていない。

諦められるのはほかにもまだまだあるはず。

仕事をサボって副業で成功している人だっているのだから。

 

「時間があればという人は」

時間を作り出すことが上手い人は継続もできる。

継続できる人はいわば、継続しやすい環境を作るのが上手いのだ。

時間さえできれば誰だってある程度は継続できるだろう。

それなのになぜ、こんなにまで挫折してしまう人が多いのだろうか。

それは時間を作り出すのが下手だからだ。

言い訳ばかりして、時間を生み出そうとしない。

そこでいつもの決めゼリフ。

「時間さえあれば」

これはこの世にドラゴンボールの「精神と時の部屋」があればなといっているようなもの。

時間はあるかないかじゃなくて自分で作るかどうかだ。

時間があればという人は一生時間を追い求めて死んでいくのだろう。

 

「時間があってもなくても」

いま、わたしはほぼニートのようなもの。

時間はめちゃくちゃある。にもかかわらず作業時間はフリーター時代とあまり変わらない。

原因はサボりだ。

時間があればあるほどサボってしまう。

それが人間というもの。

ということで時間があろうとなかろうと基本的には成功には繋がらない。

しかも時間があればというような言い訳をする人に限ってサボりがちな傾向があるように思える。

成功するには多大なる時間が必要。

けど多くの人はそもそも時間を作り出せないし、頑張って作ったとしても結局サボってしまう。

これが挫折者の多い所以だろう。

結局、好きでやっている人がいちばん強いんだ。

あぁまたこんなこと書いてサボってしまった。